発散と収束
選択肢を広げる発散と、絞り込む収束を意識的に分けたうえで、交互に行き来する思考の運び方のこと。
意味
発散と収束とは、思考を進める際に、選択肢を広げる局面(発散)と、絞り込む局面(収束)を意識的に区別し、交互に行き来する進め方を指す。両者を同時に行うと、発想が萎縮したり判断が甘くなったりしやすい。
まず判断を保留して幅を広げ、その後に基準を定めて絞る。この切り替えを規律として持つことで、量と質の双方を確保しやすくなる。デザインのプロセスを支える基本的なリズムである。
成り立ち
diverge(分岐・拡散)とconverge(収束)に由来する対概念で、創造的問題解決やデザインプロセスの説明において、思考の広げ方と絞り方を表す枠組みとして用いられる。
発散と収束とダブルダイヤモンドの違い
ダブルダイヤモンドは、発散と収束の往復を課題側と解決側の二回に分けて配置した工程の見取り図である。発散と収束は、その図を成り立たせている思考の運びそのものを指す。前者は工程のどこにいるかを示し、後者はいま頭をどう使うかを示す。地図と歩き方の関係にあたる。
取り違えると、工程表の上では収束の段階に入っているのに、会議の中では発散が続くという事態が起きる。図はどの局面かを教えるが、その場の頭の使い方までは規定しない。いま広げているのか絞っているのかは、工程の名前とは別に、その都度合意しておく対象になる。
ダブルダイヤモンドの項へ →発散と収束とブレインストーミングの違い
ブレインストーミングは発散を進めるための具体的な手続きのひとつであり、発散と収束はその手続きが属する上位の考え方にあたる。発散の方法はほかにもあり、一人で黙って書き出す進め方や、事実を集めてから広げる進め方も同じ役割を果たす。手段と方針の関係になる。
この違いを見落とすと、発散すなわち集まって出し合うことだと決めつけてしまう。人前で話す量に差が出る場では、集団の場が必ずしも幅を生むとは限らない。広げる目的が達せられているかは、場の形式ではなく、出そろった案の種類の多さで確かめることになる。
ブレインストーミングの項へ →使いどころ
アイデエーションでは発散を、案の選定では収束をと、局面ごとに態度を切り替える。いま広げる時間か絞る時間かを共有し、議論の混線を防ぐ道具として使う。
実務でのチェックポイント
- 会議の冒頭で、いまは案を広げる時間か絞る時間かを一言で宣言する習慣があるか。宣言のないまま議論が始まる場では、出した端から否定が入り、発散が育たない。
- 発散の場で出た案のうち、実現性を理由に即座に否定されたものがどれだけあるか振り返る。多いなら、評価の物差しが早く持ち込まれている。
- 収束の前に、何を基準に絞るのかが書き出されているかを見る。基準が口頭のままだと、絞った後に理由を説明できなくなりやすい。
- 出そろった案を種類で分類し、似た発想がいくつの塊に収まるか数える。塊が二つ三つしかないなら、広げたつもりで同じ方向を掘っている。
よくある誤解
発散のあとに収束を置けば流れが整うと考え、時間配分だけを分ける運用になりやすい。実際に混線を招くのは時間の区切りではなく、評価の基準がいつ場に持ち込まれるかにある。広げる時間だと宣言していても、実現できるかという物差しが置かれたままなら、案は無難な方向へ寄っていく。
収束を多数決や好みの投票と同じものとして扱う誤解もある。絞る作業に必要なのは、何を優先するかの基準であり、基準を決めずに票を集めると、その場で説明の上手かった案が残る。基準を先に置いてから絞るのか、絞りながら基準を探るのかで、残る案の性質は変わってくる。
よくある質問
発散と収束はどのくらいの時間配分にするのが適切ですか?
配分より、切り替えたことが全員に伝わっているかのほうが効く。広げる時間が短くても、その間に評価が持ち込まれなければ幅は出る。逆に長く取っても、途中で誰かが実現性を問い始めれば、そこから先は実質的に収束が始まっている。時計より、場に置かれた物差しを見るほうが確かになる。
発散と収束は何回繰り返すべきですか?
回数はあらかじめ決めにくく、絞った後に前提が崩れたかどうかで決まる。絞り込んだ案を検討する過程で新しい事実が出れば、もう一度広げる理由になる。逆に、同じ材料のまま広げ直しても案の顔ぶれは変わらない。繰り返す根拠は、新しく分かったことの側にある。
少人数でも発散と収束を分ける意味はありますか?
人数が少ないほど分ける意味は大きい。参加者が少ないと、思いついた案をその場で自分で評価してしまい、口に出す前に消える案が増える。書き出す段階と選ぶ段階を分けておけば、その自己検閲が働く場所を後ろへずらせる。人数の少なさは、幅の狭さに直結しやすい。