シンボルマーク
ブランドを象徴する図形的な印。名前が読めなくても識別を成立させる、記憶のフックとして働く。
意味
シンボルマークは、ブランドを象徴する図形的な印を指す。文字を読ませることに頼らず、形そのもので識別を成立させる要素であり、名前が読めない距離や小さな表示でも「それだ」と気づかせる働きを担う。
文字を図案化したロゴタイプやワードマークとは対照的に、シンボルマークは図形を主役に置く。言語に依らず伝わるため、多言語の場面や小さな表示でも識別の核として機能しやすい。
図形は言葉より先に目に入り、記憶に引っかかりやすい。その分、何を象徴するのかの意味づけは時間をかけて積み上がるもので、使い続けられて初めて像と結びつく記憶のフックになる。
成り立ち
「シンボル(象徴)」と「マーク(印)」を結んだ呼び名で、対象を文字ではなく図形で象徴的に示す印を指す。文字で名前を見せるロゴタイプと区別して、図形的な識別要素を名指すために用いられる。
シンボルマークとロゴタイプの違い
ロゴタイプは名前そのものを読ませて識別させる要素であり、シンボルマークは形で識別させる要素である。前者は読めることが前提となり、後者は読まれなくても働く。識別が成立する条件が違う。
どちらに重心を置くかは、名前がどれだけ知られているかで変わる。まだ名前が覚えられていない段階では、形だけを見せても何を指すのか結びつかない。読ませる要素と形の要素をどの割合で出すかは、認知の段階に応じて動く判断になる。
ロゴタイプの項へ →シンボルマークとディスティンクティブアセットの違い
ディスティンクティブアセットは、色や音や形など、そのブランドだと気づかせる手がかり全般を指す。シンボルマークはその手がかりの一つであり、意図して設計された図形という位置にある。範囲の広さが違う。
見落とされやすいのは、設計されていない要素が手がかりとして働いている場合である。長く使ってきた配色や独特の言い回しが、図形以上に識別を担っていることがある。何で気づかれているかを確かめずに図形だけを差し替えると、実際の手がかりのほうが失われかねない。
ディスティンクティブアセットの項へ →使いどころ
小さな表示や多言語の環境など、名前を読ませにくい場面でも識別を保ちたいときに要となる。ロゴタイプと組み合わせて用いたり、単独で使える形として運用したりと、扱い方をあらかじめ定めておく。
運用では、単独使用の可否や最小サイズ、色の扱いをブランドガイドラインで規定する。ロゴタイプやワードマークとの役割分担を整理しておくと、接点ごとの使い分けが判断しやすい。
実務でのチェックポイント
- 自社の図形を小さく縮小し、名前を隠した状態で社外の人に見せて何の会社か尋ねる。答えられないなら単独使用の条件を見直す余地がある。
- 直近の制作物で、図形が単独で使われた回数と名前と組んで使われた回数を数える。単独の割合が高いのに認知が浅いなら組み方が早すぎる。
- 図形を白黒にした状態でも識別できるかを確かめる。色に依存していると、印刷や刻印の場面で見分けがつかなくなる。
- 図形以外に、自社だと気づかれている手がかりがあるかを社外の人に尋ねる。挙がったものは、変更時に守る対象として扱う。
よくある誤解
制作の場では、込めた意味の説明に多くの時間が割かれる。交わる線が創業の理念を表す、といった具合に。だが受け手は、その解説文の隣で形を見ることはない。街角や画面の隅で目に入るのは図形だけであり、そこで起きるのは「前にも見た」という気づきに限られる。意味は、その気づきが積み重なった後から形に貼りつく。説明を尽くさないと伝わらない部分は、はじめから言葉の側に置いたほうがいい。
覚えられていない原因を形の弱さに求める判断も起きる。だが接触の回数が少なければ、どんな形でも記憶には残らない。形を変える前に、そもそも同じ形が同じ場所に繰り返し現れているかを確かめないと、作り直した図形も同じ理由で覚えられないまま終わる。
よくある質問
シンボルマークは必ず必要ですか?
名前を読ませられる場面が中心なら、なくても識別は成立する。必要になるのは、表示が小さい、言語が異なる、遠くから見られるといった条件が実際に発生する場合である。使う場面が想定できないうちに用意すると、管理する要素が増えるだけで終わることがある。
シンボルマークは何年くらいで見直しますか?
年数で区切るより、識別が働かなくなった兆候で判断するほうが確かめやすい。他社と見間違えられる、新しい媒体で表示が破綻するといった具体的な支障が出たときが見直しの機会になる。支障がないのに更新すると、積み上げた気づかれやすさを手放すことになる。
図形の意味は社外に説明したほうがよいですか?
説明があってもよいが、識別の成否をそこに委ねないほうがよい。込めた意味は社内で判断を揃えるうえでは働くが、受け手はほとんどの場面で説明に触れずに形だけを見る。説明なしで見分けがつくかどうかを先に確かめ、意味づけは補足として扱う。