ジャーナル · 計測2026.07.01

バランスシートに載らない資産を、どう増やすか

財務は健全だ。自己資本比率も、手元資金も、金融機関の評価も申し分ない。なのに、指名は増えず、応募は集まらない。この違和感は、どの行を見れば説明がつくのか。

目次
  1. 数字は良い。なのに、選ばれていない
  2. 「見えない行」は、たしかに動いている
  3. 見えない行を、測って増やす
  4. 明日、見えない三行を書き出す

— 01 —数字は良い。なのに、選ばれていない

決算書を開けば、悪いところは見当たらない。売上は安定し、利益も出ている。借入も適正で、銀行の担当者はいつも前向きだ。財務の健全さという意味では、胸を張れる会社である。

ところが、視線を帳簿から現場に移すと、風景が変わる。新規の引き合いは、いつも三社比較の一角として呼ばれる。求人に金をかけても、応募は同業の中で埋もれる。取引先を変えようという話になれば、真っ先に相見積もりの対象にされる。数字が良い会社が、必ずしも「選ばれる会社」ではない、という現実がそこにある。

この落差は、財務諸表のどこにも表示されない。健全さは測れているのに、選ばれやすさは測れていない。だから経営会議でも議題に上がらず、対策も打たれない。測っていないものは、増やしようがない。まず、この「見えない行」の存在に名前をつけるところから始めたい。

厄介なのは、財務が健全なほど、この違和感が放置されやすいことだ。数字が良ければ「まあ、うちは大丈夫だ」と思える。危機感が薄いぶん、選ばれにくさという静かな問題は、次の課題に押しやられる。だが指名も採用も弱いまま時間が過ぎれば、いつか良い数字のほうも支えを失う。健全な今こそ、見えていない側を点検する好機なのである。

財務は健全なのに指名も応募も増えない、その説明のつかなさ、地味にこたえるんですよね。バランスシートに載らない資産って、たしかに存在するのに、どの行を見ても書いていないんです。

— 02 —「見えない行」は、たしかに動いている

貸借対照表の下に、もう一枚、目に見えない表がぶら下がっていると考えてみる。そこに並ぶのは、たとえば三つの行だ。一つ、想起——困ったとき、客の頭に自社の名前が浮かぶか。二つ、指名率——比較されずに名指しで来る案件の割合。三つ、暖簾——長年の取引で積み上がった「あの会社なら」という信頼。会計でいう暖簾は本来、他社を買収したときに帳簿へ現れる概念だが、ここではその一般的な意味、すなわち帳簿に載らない信用の厚みとして使う。

この三行は、数字にしにくいだけで、動いていないわけではない。むしろ日々、増えたり減ったりしている。良い仕事をすれば想起は厚くなり、対応がぶれれば信頼は削れる。ただ、誰も定点で観測していないから、動きに気づかない。

そして厄介なのは、この見えない行が、見える行を静かに支配していることだ。想起が厚ければ相見積もりを外れ、粗利が守られる。指名率が高ければ採用単価は下がる。見える財務の良し悪しの、かなりの部分が、見えない三行の状態で決まっている。上の表だけ見て安心するのは、水面だけ見て船底を点検しないのと同じである。

— 03 —見えない行を、測って増やす

見えない資産を、見えるように置き直し、意図して積み上げていく。この営みをブランディングと呼ぶ。前提として測れないものは増やせないから、まず粗くていいので、数える工夫から入る。

たとえば新規案件を「指名で来たか/比較で来たか」の二つに仕分けて記録する。四半期ごとに指名の割合を追えば、それが自社の指名率の代わりになる。採用でも、応募者に「なぜ当社に応募したか」を一問だけ聞けば、想起の質が見えてくる。精密でなくていい。増減の向きさえ分かれば、打ち手の効き目は判断できる。

そのうえで、増やす投資を一点に絞る。あれもこれもと手を広げず、いちばん薄い行に資源を寄せる。想起が弱いなら知られ方に、指名率が低いなら選ばれる理由の言語化に。三行を同時に厚くしようとすると、どれも中途半端に終わる。薄い一行に集中したほうが、変化は数字の手触りとして早く返ってくる。財務を守るのが守りの経営なら、見えない三行を厚くするのは、攻めの経営そのものである。健全な数字は、この攻めのための土台にすぎない。

付け加えるなら、この見えない資産は、承継のときに本当の値打ちを見せる。設備はいずれ古びて入れ替わるが、正しく積んだ想起と暖簾は、次の代へそのまま引き継げる。今この三行を厚くしておくことは、自分の代の数字のためであると同時に、渡す相手のための仕込みでもある。

— 04 —明日、見えない三行を書き出す

まず、いちばん新しい決算書の余白に、想起・指名率・暖簾の三行を鉛筆で書き足してみる。そして直近一年を思い返し、それぞれ「厚くなった/変わらない/薄くなった」のどれかで自己採点する。数字がなくても、案件や採用の手触りで、向きは書けるはずだ。

三行のうち、いちばん心もとない一行が、今期あなたが増やすべき資産だ。次の経営会議で、その一行を正式な議題に載せる。健全な財務の上に、増やすべき見えない資産を一つ決める——それだけで、良い数字は「守り」から「攻め」に変わり始める。

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▸ 参考・引用
Highlite 編集部(2026) 見えない行を測る——無形資産の実務ノート

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