— 01 —全員の顔が見えなくなった頃から
少人数の頃は、経営が驚くほど楽だった。全員の顔と名前が一致し、何かあれば席を立って直接話せば済んだ。方針も価値観も、わざわざ言葉にして掲げなくても、日々の会話や現場のやりとりの中で自然に共有されていた。社長が何を大事にしているかは、言わずとも全員が肌で分かっていた。社長の考えが、そのまま現場の判断になっていた時代だ。
ところが人が増えるにつれ、様子が少しずつ変わってくる。同じ質問を投げても、部署ごとに違う答えが返ってくる。現場の判断が、自分の想定していた方向とずれ始める。伝えたはずの方針が、末端まで届いていないと気づく。逆に、言った覚えのないルールが、いつのまにか現場で運用されている。会議を増やしても、メールで補っても、ずれは埋まりきらない。顔の見える範囲を、組織が超えてしまった。30人、50人、100人と壁が来るたびに、同じ違和感が強まっていく。会社は大きくなり、売上も伸びているはずなのに、内側のまとまりだけは、なぜか薄くなっていく。
20人までは黙っていても同じ方を向くのに、30人を超えた途端に伝言ゲームが始まる。あの感覚、経験した人ならうなずくんじゃないでしょうか。壁の正体が言語化されると、少しほっとします。
— 02 —直接伝達には、越えられない上限がある
なぜ人数が壁になるのか。少人数の組織は、社長からの「直接伝達」で回っている。顔を合わせ、その場で話し、時には背中で示す。この方法は強力だが、一人の人間が直接届けられる範囲には物理的な上限がある。人が増え、部署や階層ができ、社長と現場の間に何人もの人が挟まった瞬間、伝達は直接から伝言へと質を変える。もう社長の言葉は、現場に生のまま届かない。
伝言は、途中で必ず変質する。同じ言葉でも、間に立つ人の解釈が乗り、受け取る人それぞれの背景によって意味がずれる。二段、三段と経由するうちに、当初の意図は少しずつ形を変えていく。子どもの伝言ゲームと同じことが、組織の中で起きているのだ。判断がばらつくのは、社員の質が落ちたからでも、やる気が足りないからでもない。判断のよりどころとなる基準が、いまだ社長の頭の中にしかなく、言葉として外に出ていないからだ。基準が暗黙のままなら、それは伝言の途中で必ず削れていく。暗黙の共有で回せる人数を、組織が追い越した。壁の正体は、社員数という規模そのものではなく、直接伝達という仕組みが抱える限界のほうにある。
— 03 —判断基準を、言葉にして外へ出す
壁を越える鍵は、採用の強化でも新しい制度でもなく、社長の頭の中にある判断基準を言葉にして外へ出すことにある。この会社は何を大切にし、迷ったとき何を優先し、どういう会社であろうとするのか。それが誰にでも分かる言葉になっていれば、社長が同席しない場でも、社員はその言葉に照らして自分で判断できる。伝言ゲームの精度は、経由する回数ではなく、元の言葉がどれだけ明確かで決まる。芯が言葉になっていれば、多少経由しても、大きくはぶれない。
この「判断基準を言葉にして組織で共有する営み」を、社内に向けたブランディングと呼ぶ。壁に貼って終わる標語をつくる話ではない。日々の判断のよりどころとして実際に機能する言葉を定め、繰り返し伝え、評価や日々の行動と結びつけていく地道な仕事だ。基準がきちんと共有されていれば、社長がいちいち同席しなくても、会社は同じ方向を向いて動ける。人が増えても文化が薄まらない会社は、例外なく、暗黙の了解を、明文の基準に置き換えている。逆に基準を言葉にしないまま人だけを増やせば、判断のばらつきは規模とともに広がる一方だ。壁は根性でも人海戦術でもなく、言葉の設計で越えられる。
— 04 —「うちが大切にすること」を三つ書く
まず社長自身が、「うちが判断で大切にすること」を三つ書き出してみてほしい。すらすら書けないなら、現場の社員が判断に迷うのは当然のことだ。書けたら、次にそれを普段どこで、どのように伝えているかを点検する。朝礼で一度口にするだけでは、伝言の精度は上がらない。採用の場面、評価の場面、日々の意思決定の場面——それぞれでその言葉が実際に引かれ、判断の物差しとして使われている状態を、どうつくるか。試しに、最近現場で起きた判断のばらつきを一つ取り上げ、その三つの基準に照らせば答えが出たはずかを検証してみるといい。出ないなら、基準の言葉がまだ足りていない。人数の壁を越える一歩目は、頭の中にある基準を、誰もが参照できる言葉として外へ出すことから始まる。
- 判断のばらつきを、社員の質でなく基準の不在として捉える
- 社長の頭の中の判断基準を、言葉にして組織へ共有する
- 掲げる標語でなく、日々の判断で引かれる言葉として設計する