— 01 —削り合いの、出口が見えない
同じような商品、重なる商圏、似たようなサービス。差がつくのは価格くらいだから、価格で差をつける。相手が一円下げれば、こちらも下げる。下げたぶんを取り返そうと受注数を追い、無理な納期を飲み、現場を残業で回し、少しずつ疲弊させていく。
利益率は年々薄くなり、値引きの原資を捻出するために、また別のどこかを削る。品質か、人件費か、自分の休みか。削れるものが尽きかけても、土俵からは降りられない。降りたとたんに仕事が来なくなる気がするからだ。安さで来た客は、安さで去る。だから引き止めるにはまた下げるしかない、という悪循環に足を取られている。
そして最も苦しいのは、これだけ消耗しても抜け出した先がまるで見えないことだ。今回の値下げで一件取れても、来週にはまた別の会社が一円下げてくる。勝っても勝ちが続かず、負ければ売上が飛ぶ。終わりのない削り合いの中に、いつのまにか自社の商売そのものが組み込まれ、そこから出る発想すら浮かばなくなっている。
値下げ合戦、気づけば全員疲れているのに誰も勝っていない、という構図、本当にあるあるなんですよね。降りるって、逃げることじゃないんだと取材するたびに思わされます。
— 02 —同じ土俵に、自分から乗っている
安売り合戦がいつまでも終わらないのは、根性が足りないからでも、同業が非常識だからでもない。全員が「同じ土俵」に乗っているからだ。同じ物差しで並べて比べられる限り、差は価格という一点にしか現れようがない。
客の頭の中に「A社もB社もC社も、まあだいたい同じ」という横並びができていると、選ぶ基準は自動的に価格へと落ちていく。どの会社も一列に並んでいるのだから、そのなかで一番安いところを選ぶのは、客にとってごく合理的な行動だ。ここで自社が値段を下げるのは、その並びの中で半歩だけ前に出る動きにすぎない。翌週には別の会社が半歩前に出て、順位はすぐ入れ替わる。
だから抜け道は、その並びの中で勝つことではない。そもそも別の棚に置かれることだ。客が「これは他社と単純に比べるものではない」と感じた瞬間、価格という物差しそのものが効かなくなる。問うべきは「もっと安くできるか」ではなく、「なぜ自社は、あの一列に並べられてしまっているのか」だ。
そして自社を横並びの一社にしているのは、多くの場合、値下げをしかけてくる競合ではなく、自社自身の見せ方のほうである。何でも安く引き受け、誰の依頼にも同じ顔で応じているうちに、客の頭の中で自社は「その他大勢の一社」に溶けていく。土俵を選んでいるのは、実は自分なのだ。
— 03 —戦わない場所は、位置取りでつくる
全員が並ぶ棚から自社を外し、「これはあの会社にしか頼めない」という別の位置に置き直す。誰にとっての何屋なのかを腹を決め、その領域で真っ先に思い出される場所を取りにいく。この位置取りを、ブランディングと呼ぶ。
位置取りは、値段をいくらにするかという単発の判断から生まれるものではない。誰を本当の客とし、何を自社の強みと定め、何をやらないと決めるか——そうした判断の一貫性を、長く積み重ねた結果として立ち上がる。全方位に安く応えるのをやめ、特定の相手にとっては代わりのいない存在になる。棚を移すとは、間口を広げることではなく、むしろ絞ることでその一点を濃くする営みだ。
だからこれは、看板や見た目を飾りつける話ではない。その手前にある「自社は、そもそもどの戦場で戦うのか」という設計の話だ。戦わない場所は、どこかに隠れているのを探し出すものではなく、この位置取りによって自分でつくり出すもの——価格でしか選ばれない状態から、選ばれる理由で選ばれる状態への、いわば商売の引っ越しである。引っ越した先では、一円下げの争いはもう自社の勝負ではなくなる。
— 04 —明日の一歩
まず、いつも比較の土俵に上がる競合を三社挙げ、その横に自社を並べてみる。そのうえで、客はこの四社をどんな一言でひとくくりにしているかを書き出してほしい。もし同じ一言できれいにくくれてしまうなら、そこがまさに安売り合戦の土俵であり、抜け出す糸口はそのくくりを外すことにある。
次に、「困ったときは、この一社にしか頼めない」と言ってくれる客を、実在するなら一人思い浮かべる。その客は、なぜ他ではなく自社を選び続けているのか。その理由の中に、横並びから抜け出す芽が隠れている。それこそが、別の棚へ移るための最初の手がかりだ。どの位置なら削り合わずに済むのかを整理する入口として、位置取りの考え方をまとめたページも用意している。自社が今どの土俵に立っているのかは、無料の診断でも確かめられる。
- 安売り合戦は根性ではなく「同じ土俵に乗っている」という構造の問題
- 競合三社の横に自社を並べ、客が使う一言でくくれるか確かめる
- 戦わない場所は探すのではなく、位置取りによってつくり出す